ミダスの手、その先に在るもの -Born To Be Wild-
日本銀行総裁が、10年振りに交代となります。2期10年の間、物価の護り人として奮闘していただいた黒田総裁には、心から「お疲れ様でした」とお伝えしたいですね。黒田さんは、アベノミクス3本の矢の先鋒として、異次元の金融緩和の先頭を切って、まるで新選組副長助勤一番隊隊長・沖田総司の様に血まみれになりながら走り続けてくれました。その是非については、様々な声がありますが、結果として、瀕死の日本経済が生き返った事は間違い無いですよね。私は、三流大学とはいえ曲がりなりにも経済学部の出身です。しかしながら、恥ずかしながら大学で身に着けた事と言えば麻雀の点数計算だけで、頭の中には経済なんて高尚なモノは何一つ入っていない偽経済学士でした。そんなアダム・スミスとスタン・スミスの区別もつかない様な人間にとって、マクロ経済学なんてものは、インチキ錬金術師の手引書の様に思えてしまいます。そんな私でも黒田総裁の退任を知って、黒田日銀が行ってきた異次元の金融緩和について、「この10年の間に我が国でどの様な事が行われてきたのか?」「一体どの位の数字が動いたのか?」詳しい事を知りたくなってしまいました。そんな訳で、知的レベルゼロ、経済観念ゼロの私ですが、解らない為りに「異次元の金融緩和」について振り返ってみたいと思います。
バブルの崩壊以降、長年にわたって、日本はデフレによる経済の停滞で苦しんでいました。止めを刺される様に、2008年に起こったリーマンショックのとばっちりを受けて、深刻な景気後退期へと突入してしまいました。日経平均株価は、1時期8000円台まで転がり落ちて、曲がりなりにもなんとかプラスで推移していた名目GDPも大きくマイナスに落ち込んで、経済成長率もマイナス成長となってしまって、シオシオのパーといった有様になってしまいました。私は、比較的景気や経済状況に左右されない業界に勤務していたこともあって、こんな大変な時期にもかかわらず経済観念ゼロの生活態度で、毎日を”のほほん”と過ごしていました。そんな昼行燈人間でも、自分か運用している確定拠出年金・401Kの運用損益額を見た途端に脱糞しそうになって、「自分の退職金は一体どうなるのだろうか?」そして、そのついでに「この先、日本は一体どうなるのだろう?」と不安に思ったものでした。このお先真っ暗の時期に最も打ちのめされたのは、就職活動をしていた学生さん達やこの時期に求職中だった人達ですよね。2009年時点での有効求人倍率は、0.47倍、完全失業率は5.1%という悲惨な状況でした。当時の若者たちは、本当に可哀そうですよね。現在でも非正規雇用が多くて、大変な思いをされている人が多くいると聞いています。
青息吐息の日本経済は、2011年に政権交代で誕生した安倍政権に救われましたよね。今は亡き安倍晋三元総理は、アベノミクス3本の矢、「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起させる成長戦略」を政策の柱として打ち出しました。そして、3本の矢の1丁目1番地である「大胆な金融政策」遂行の為に、安倍さんが指名したのが黒田東彦氏でした。前総裁の白川さんは慎重な方だったので、ゼロ金利政策を採用したとはいえあくまでも伝統的な短期金利のオペレーションに拘った政策を採っていました。欧米の中央銀行が、リーマンショック不況からの脱出の為に大幅な量的緩和(つまりお札を擦りまくっていたのですね)を行っていたので、そのコントラストは日本に深刻な円高と不況の加速という形で跳ね返って、デフレ状態は一向に改善する気配はありませんでした。そのような状況の元で2013年に国会で承認された黒田新総裁は、速攻で、黒田バズーカと呼ばれた「異次元の金融緩和」を打ち出しました。黒光りする黒田バズーカ砲は、青白い白川水鉄砲とは段違いの威力で、その効果はすぐに現れましたよね。株価は速やかに回復して、名目GDPもリーマンショック前の水準にまで回復しました。雇用状況も劇的な改善がみられて、そのまま政策目標のインフレ率2%を達成する勢いでした。ところが、2014年の消費税増税で消費者物価指数の上昇トレンドはストップしてしまい、残念ながら景気回復には至らない状況で今日に至っています。
異次元の金融緩和とは、一言で言うと、インフレターゲット(物価安定目標)の2%を達成するまで、お金を刷り倒して市場にお金をじゃぶじゃぶ投入するという、大胆な量的緩和政策でした。お金を刷るなんて簡単に申しましたが、それを実行するには非常にハードルが高く、そして複雑な金融操作を行わなければならない難解なオペレーションだった様です。異次元の金融緩和を正確に表現すると、長期金利操作、別名イールドカーブ・コントロール、略してYCC(YKKでもKYKでもありません)と呼ばれています。イールドカーブとは、利回り曲線と呼ばれていて、債権の利回りを債権の残存期間毎にプロットした曲線の事です。(実際はそんな単純なものではなく、様々な債権タイプモデルごとに複雑な関数計算を行っている様ですね)この曲線の形状で残存期間に応じた利回りの予想が可能となって、様々な経済指標についても予想が可能になるのだそうです。そして消費者物価指数が2%になる様に、イールドカーブの曲がり方を確認しながら、国債をバンバン買い付けて長期金利を操作するという荒業が、異次元の金融緩和の正体だったのですね。
釈迦に説法なのですが、日銀による金融政策は、公開市場操作(オペレーション)と呼ばれていて、主に金利の操作をしているという事は、皆さんご承知の通りです。金利は短期金利と長期金利の2つに大別されます。短期金利はその名の通り、極めて短期間にお金のやり取りをする際の金利の事ですが、日銀が関与する政策金利は、一般的にコール市場と言う、金融機関同士が極めて短期(翌日決済)に資金をやり取りしている市場の金利を指しています。一方で長期金利とは、ざっくりと言うと、政府が発行する国債(主に10年物国債)の金利を指しています。長期金利は、短期金利の影響もしくは、市中に出回る国債の価格の影響を受けて、あくまでも受動的に決まってくるという事になっている様です。なので、日銀は短期金利しか直接に関与できず、長期金利については国債の売買によって間接的にしか関与出来ないのだそうです。国債の値段は需要と供給のバランスで決まるので、需要が高いと国債の値段が上がってその金利は下がります。バズーカ以前の伝統的な日銀の金融政策は短期金利の操作で、その結果が長期金利にも波及するというまどろっこしいものでした。ところが、1999年時点で日銀は短期金利のゼロ金利政策を採ってしまっていて、それ以上の緩和は難しい状況でした。そこで禁じ手とされていた長期国債の買い付けに走ったという事が黒田バズーカの真相でした。財政法では、日銀が直性政府から国債を買い付けるのは違法となっています。それは、財政規律を守る為で、安易に市場に大量のお金を供給する事を戒めているのだそうです。際限なくお金を市場に投入すると、悪性のインフレを起こす恐れがあると言われています。昔、ジンバブエが経済破綻した時に、ハイパーインフレになって、人々が札束の山を抱えて買い物をしていたのをニュースで見た記憶があります。日本も先の大戦の後で、ハイパーインフレに苦しめられた様です。そんな訳で、日銀が国債を買い付ける際は、市中から買い付ける決まりになっています。要するに、日銀が銀行に自分の代わりに国債を買わせてそれを買い直しているという事なのですね。これは、例えは悪いのですが、車の購入を禁じられている反社の人達が、自分の代わりに自分の情婦にベンツを買わせて自分で乗り回しているのと同じ事で、違法ではないにしても、限りなく黒に近い政策だったのですね。いずれにせよ、黒田さんがバズーカ砲をどんどこ打ち続けてくれたおかげで、株価は劇的に回復して、現在26000~28000円位の幅で推移しています。雇用も改善していて、2022年時点での有効求人倍率は1.35倍、失業率は2.6%となっています。ターゲットである消費者物価についても本年1月時点で、価格変動が大きな生鮮食品を除いたコアCPIが4.2%、生鮮食品とエネルギーを除いたコアコアCPIが3.2%という事で、インフレ状態になっています。ところが残念ながら、現在の物価高はエネルギー価格の高騰を反映したコストプッシュ型であって、本来の目標である需要喚起型のインフレにはなっていない為、景気回復や賃金のアップには寄与していない様です。なので、実際に物価の上昇が賃金に反映されて、景気が良くなるまでバズーカは打ち続けると黒田さんも発言をされています。
バズーカを景気よくぶっ放し続けるのはいいのですが、なんと昨年5月時点での国債発行残高は1104兆円、政府債務の総額は1458兆円という恐ろしい金額になっています。国債の日銀保有割合は、昨年12月時点で50%を超えました。2002年時点での政府債務は808兆円なので、20年間で倍近い債務の増加となっているのですね。私はこの数字を眺めて、”さぶいぼ”が立ってしまいました。私がもし黒田さんの立場だったら、積みあがった数字の重さと、山と積まれた国債の束から押し寄せてくる重圧で、毎晩悪夢にうなされるでしょうね。おまけに、常に世間から「日銀は何をやっているんだ!」というプレッシャーに晒されています。昨年、日本の円安が問題になった時に、マスコミは、散々黒田さんを批判しましたよね。国会に呼びつけられて、心無い野党のバカ議員から、「あなた、スーパーで買い物をした事がありますか?」なんて知能指数ゼロの質問までされて、その心労の数々については、心中お察し申し上げます。私なら、「やってられへんで!文句があるならお前らがやって見せろや!」なんて悪態をついて、全てを放り投げて、南の島に逃げ出してしまいますね。事の良し悪しはどこかに置いておいて、膨大に積みあがった保有国債にも動じない胆力と、自分の信念を貫いてぶれずに突き進んできたお姿には、尊敬の念を禁じ得ません。
私の様な経済感覚ゼロ人間は、この国債発行残高や政府債務の総額を、反射的に日本の借金と考えてしまいます。そして、こんなに借金を増やして「日本は大丈夫かいな?」と心配になってしまいます。しかし、リフレ派と呼ばれている一派の人達やMMT(現代貨幣理論)と呼ばれる理論の信望者の皆様は、「何を馬鹿な事を言ってやがるんだ!その考えは間違いだ!」と、髪の毛を逆立てて反論してきます。リフレとは、本名リフレーション、”なんでも塩梅が良い”という事を信条としている人達の様です。具体的には、消費者物価を丁度いい水準(まさに2%程度といわれています)に保つ事で、適度な物価上昇をしながら経済発展をしていく様に経済を回していくという信念を持っている人達の様ですね。その結果である景気の向上で、企業の成長も労働者の賃金も、果てには国力までもどんどんアゲアゲになって、みんなハッピーという、私の様なおめでたい頭の人間には、素晴らしい、夢の様な政策に感じられます。その人たちによると、日本では、いくら政府債務が増えたとしても、それが日銀保有のものである限りにおいては、日本が破綻する事はないので、心配はいらないそうです。日銀は日本政府の子会社なので、一蓮托生で安泰なのだそうです。加えて、日本人が保有しているあらゆる資産を総計すると1000兆円を超えていて、バランスシートを考えてみれば、日本はかつてのギリシャやアルゼンチンの様に破綻するのはあり得ない話なのだそうです。挙句にお果てには、この人達の中には、「国債の償還期間(返済期限)を、現在の60年から無制限に伸ばしたらいいいいだ」なんて事を言い出す人まで現れて来ています。
一方で、プライマリーバランスの黒字化をあくまでも目指すべきだという財政再建派と言われる一派の人達もいます。主に、財務省やそれに関係が深い政治家やエコノミスト・学者様達ですね。この人達の考えは、政府支出については、国債の利払いなどどうしても必要なものを除いて全て税収やその他政府の収入で賄うべきという事ですよね。今国会で議論している、令和5年度予算は、政府支出は114兆円、そこから国債償還の費用を引いても91兆円となっています。対して、税収や政府の収入の総額は79兆円で全然足りていません。我が国の経営は、常にどこからかお金を調達してこなければやり繰りが出来ない状態なのです。しかし、国債の発行なしで国の運営をやり繰りする為には税収を上げる必要があって、増税をすれば、経済成長が出来無い為税収は伸びないし、経済成長をして税収を上げる為には、投資の資金が今の税収では賄えないという、何とももどかしいジレンマを抱えている様です。我が家の家訓では、「耳触りのいい話は疑ってかかれ」という事になっています。その体でいくと、リフレの人達の話は心地よすぎて、何だか胡散臭く感じてしまいます。一方で税制再建派の人達の目標もなんだか浮世離れしている様で、私には、日本経済は答えがない袋小路に迷い込んでしまった様に感じられてしまいます。
現在の日銀オペレーションに対する世間の関心事は、異次元の緩和からの出口戦略ですよね。現在の状況を考えると、下手を打ってしまったら大変な修羅場が待ち構えている事は想像に難くないですよね。今回、黒田さんの後任については、様々な人の名前があがっていました。現副総裁の雨宮さんについては、日経新聞のスクープで、実際に官邸サイドから就任の打診があったと報じられています。しかしながら雨宮さんは、就任に対して固辞をされたと伝えられています。私の様な俗物人間は、「雨宮さんは、今の地雷が大量に埋まっている袋小路に飛び込みたくなかったんとちゃうか?」なんて品性下劣な邪推をしてしまいます。今回、次期日銀総裁就任を受諾している植田和男氏は、初めての学者出身総裁なのだそうです。なんだか学者出身と聞くと、世間知らずで頭でっかちの朴念仁で、融通が利かない青瓢箪みたいなイメージがありますが、このお方は、聞くところによると東大で教えていた時には、“ワラント債”という投機性が高い金融商品で勝負をして、結果なんとかチャラで切り抜けたという武勇伝を持っていて、なかなかに勝負強いお方の様です。右手の小指の方も達者な様で、夜のクラブ活動が大層お好きで、銀座方面の活動もお盛んだとお聞きしています。こういう話を耳にすると、私としては、勝手に親近感を抱いてしますね。何といっても、こんな危機の真っ只中にいる重要な組織を束ねる人物は、勝負強い人である事が肝心ですよね。王将戦第4局の勝負を分ける局面で、57分の長考の末△6一銀という必殺の一手をパチリと指した藤井聡太さんの様な、AIにも負けない先を見通す力と、冷静に局面を読む力、そして何よりその一手で勝利を手繰り寄せる力を植田さんが持っていることを願って止みません。そしてなにより、植田さんが持っているであろう、夜の銀座のクラブ活動で発揮された如才なく立ち回れるコミュニケーション能力と、酸いも甘いもかぎ分けた人生経験の積み重ねによる人間力が、正解がない問題に対する的確な判断と正しい選択をしてくれそうな気がします。植田さんには、是非、強い意志を持って、最善手を冷静に探し出して、藤井竜王の様な勝負強さを発揮して欲しいところですよね。
今の日銀が抱えている膨れ上がった国債の山は、私には、風船膨らましゲームでパンパンに膨れた風船の様に感じらます。そしてその下で、各国の中央銀行の責任者達が、お金の神様とブラックジャックのカードを捲っているように思えてしまいます。一体誰の上で風船は破裂するのでしょうか?アメリカやイギリスは、早々にサレンダーをコールして、勝負から降りてしまいました。今では、黒田日銀だけが一人、お金の神様と、山の様に積まれたチップを前にカードを捲りながら、果てしなくレイズを繰り返しているように見えてしまいます。黒田さんは、なんとか風船を破裂させることなくゲームから退場できそうです。植田さんは、果たしてこの無間地獄からうまく抜け出す事ができるのでしょうか?
Born To Be Wild:出口の見えない冒険の果てに待ち構える究極の選択。雑音に左右されない信念と、荒ぶる魂を持って・・・。
Born To Be Wildは、Steppenwolfが1969年に発表した曲で、邦題は”ワイルドで行こう”、彼らの1st Album、”ステッペンウルフ”に収録されています。この曲は、アメリカのニューシネマの名作、Easy Riderの冒頭で、ジェーン・フォンダとデニス・ホッパーがハーレーをぶっ飛ばしているシーンの挿入歌として使用されていて、大変に有名な曲ですよね。カーラジオからこの曲が流れてくると、なんだかワクワクして来て、これから行く先に何かいい事があるんじゃないか、そんな事を思わせてくれる、とても素敵な曲です。荊の道が待ち構えているであろう植田新日銀総裁に「何があろうとまだ見ぬ世界へ突っ走ろうゼ。びっくりする様な事を俺達ァやってやるんだゼィ!ワイルドだろぅ?」なんてまるでスギちゃんの様な、能天気で、それでも前向きなLyricのこの曲を捧げたいと勝手に思ってしまったのです。ミダスの手は、皆さんご存じのギリシャ神話に出てくるミダス王とバッカスの寓話です。神様にお願いして、触れたものは何でも黄金に変わる魔法の手を手に入れたミダス王ですが、愛する娘までもが黄金の像に変わってしまって、嘆き悲しんだ王様は神様に詫びをいれたという話ですよね。富に魅入られた王様の姿は、株価や円レートに一喜一憂しながら、為替や金利に翻弄される私達の姿の様に感じてしまいました。英語の慣用句では”Midas touch”は、お金儲けの才がある人、ラッキーな人を意味しています。この寓話から派生したこの言葉には、植田さんがツキを持っている人であって欲しいという私の願いが込められていて、植田新総裁が、ご自身に与えられたMission impossibleを無事にやり遂げて、この先の日本がより良い国になる様に、心を込めて祈ってしまったのでした。
このような駄文を最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
皆様にとって明日が今日より良い一日となりますように。