片寄り天秤が奏でる行進曲 -Lady Madonna-

 世界経済フォーラムが発表しているジェンダーギャップのランキングによると、どうやら我が日本国は、世界中の人達から女性の権利が抑えられていて、持っている力を生かす事ができていない国だと思われている様ですね。本年の発表では、調査148国中118位という順位になっています。アジアの国々の中でも特に底辺に沈んでいて、101位の韓国や103位の中国にも水をあけられていますね。この結果を基にメディアのみなさんは、日本の男女格差への問題提起を声高に叫んでいるのですが、私は冷めた目で「ほんまかいな?」と白けた気分になっています。別に他国をディスるつもりはないのですが、ベラルーシみたいなとんでもない国より日本が下位にいるなんて、とてもじゃないけど納得できませんよね。もしかしたらルカチェンコが治めているこの国は、国民全体の人権が破綻しているので、男女に差がなく平等に全員が最低の権利すら持っていないという事なのかもしれませんね。だとすれば悪い冗談ですよね。兎にも角にも世界の視点では、我が国は女性の能力が十分に発揮できる体制の社会にはまだまだ至っていないという認識になっている様ですね。

 しかしそんな認識をひっくり返すかのように、本年10月、憲政史上初の女性総理大臣が誕生しましたよね。高市早苗氏は見事に自民党総裁選を勝ち抜いて、紆余局片はありながらも総理の座を見事に射止めました。世界経済フォーラムの連中には、「どんなもんじゃい!ザマー見さらせ!これでもワシらはベラルーシより下だというんかい!」と文句を言ってやりたいところですよね。高市さんのご経歴を拝見すると、今日に至るまでに彼女が積み上げてきたご努力とご研鑽に頭が下がります。ごく普通のサラリーマン家庭でお育ちになって、政治の世界には縁もゆかりも、そして地盤もコネもない中で、ご自身の力で一つ一つ道を切り開いてこられたその意志の強さと、夢を実現させる実行力に改めて賛辞を贈りたいと思います。総理就任に対しても祝意を送りたいところなのですが…、実はわたくし、彼女が総理として日本の舵を取っていく事には懸念を抱いていて、はっきり言って彼女以外の人に総理大臣になって欲しいと思っていたのでした。

 高市さんは、故安倍総理の後継者と自認していて、所謂“保守タカ派”の政治家として知られていますよね。彼女が今までに表明してきた政策や発言を振り返ってもそれは明らかです。それはおそらく彼女の生い立ちが大きく影響しているのだと思います。彼女は、ご両親の教育方針として幼少の頃から“教育勅語”を繰り返し聞かされながら成長してきたのだそうです。「教育勅語っちゃなんね?さっぱりわからんばい!」とおっしゃる声が福岡の六本松あたりから聞こえてきます。私がこの言葉に持っているイメージはあまりよろしいものではなくて、つるっぱげの説教ジジイが「お国の為にお前は立派な人間にならんといかんのじゃ」と講釈を垂れている姿が頭にうかんでしまいます。実際は明治政府が作った教育の指針であって、若者達に向けて「理想の国民とはこうあるべきであります!」と通達していたガイドラインの様なものですね。そういった訳で、教育勅語は、(解釈は様々に出来ますが)学び努力する事の大切さを説いていて、道徳心を養う事を奨励している高尚な教えである一方で、国民は国家に従属するものであって、国(天皇陛下)が命ずるところにはそれに殉じるように求められてもいて、こういった点が戦中の軍国主義教育につながったという意見もある様ですね。このような訓令を精神的な支柱としている彼女の政治的なスタンスは、彼女が基本理念として第一に掲げている「日本を守り抜きます!」という一文にも色濃く反映していると思いますね。そして、その様なバックグラウンドから、彼女は右側に位置する人達、所謂保守でリアリストと言われる人達だけでなく、ナショナリストや民族主義者といった極右とされている強硬派も含めて、愛国者の人達に幅広く熱烈に支持されていますよね。

 これは私の偏見なのですが、政治的に極端なスタンスを取って騒いでいる人は、視野が狭くて狭量な、めんどうくさい人間が多い様な気がしています。民主的な社会では、世の中にあまたある多様な考え方(犯罪的なものを除いて)を許容しながら、折り合いをつけていくものだと思うのですが、どうにも極右や極左といわれている連中は、異なる考えは拒絶して、自分の考えをぐいぐい押し付けてマウントを取りに来る種族の様に感じています。高市さんの応援団にもそんな困ったヒト達がいて、SNSを中心に大きな声でわめきちらかしていますよね。私はそんな輩共がどうにも苦手で、出来るだけ関わり合いにならない様にしているのです。高市さんは、こういった一部の野蛮人集団に与する事はないと思いたいのですが、彼女の物言いや態度からは、このような夜郎自大に対しても歓心を買いたいという下心が透けて見えます。彼女は、総理になっても靖国神社の参拝は必ず行うと、総裁選の公約でも発言していましたよね。私も、靖国神社に参拝して、先の大戦で日本の為に命を捧げた人達に安らかにお休みくださいという言葉を捧げるのは、私達一般人の立場ではおかしい事ではないと思います。しかし残念ながら、隣国の国々ではそれを是としておらず、A級戦犯が合祀されている神社への参拝は過去の軍国主義を美化する行為であって、尚且つ戦犯とされている人達の戦争責任を回避する行為だと捉えられています。なので他国の理解を得ていない以上、総理の立場での靖国参拝は、自己満足と自己陶酔するだけのマスターベーションであって、他国との関係を考えると無用な軋轢を起こすだけの無益な行為だと思っています。関係する人達にとってははた迷惑でなんの利益もない只の迷惑行為だと思いますね。

 先の大戦について、どうやら彼女は、戦争責任を認めて反省と謝罪を行う事には否定的な立場である様です。戦後レジュームからの脱却を訴えていた故安部総理と同じ志を抱いていて、日本の若者にいつまでも謝罪と反省をさせるわけにはいかないという事の様ですね。以前の国会質疑では、「私は戦争の当事者たる世代ではないので、反省はしていないし反省するいわれもない」とまで言い放っています。実は私も、先の大戦について、戦争責任にがんじがらめに縛られて、反省をいつまでも繰り返しているのは発展的ではないと思っていて、正直な所「ひいじいさんやひいばあさん達がやらかしたことなんかしらんがな」と思っています。しかし、他国がそう考えていない以上、そうした思いを他国に押し付けるわけにはいかないとも考えています。この様な、相反する事柄については、拙速に結論を急がずに、お互いに胸襟を開いて話し合いを続けて、わだかまりや思い違いを溶かしていきながら理解を深めていくしか仕方がないと思っているのです。なので時間はかかるけれども、お互いが相手の言っている事に聞く耳を持つまでは、曖昧にしておくのが一番だと思っています。しかし高市さんは、どうやら相手の事はお構いなしに、白黒をはっきりとさせたいという思いが強いのでしょうね。こうした彼女の発言は、保守を自認している人達からの拍手喝采を浴びていますね。彼女のこうした振る舞いについては、一国会議員の立場であればわからない事もないのですが、日本のリーダーとしてはいかがなものかと私は思っています。国内はもちろん他国との間にも無用の軋轢を生んでしまうリスクを常に内に抱えている政権では困りものですよね。高市さんもその点は心得ていて、総理就任後の靖国参拝については控えていましたよね。しかし、おそらく彼女が心に刻み込んで大切にしているものは決して変わらないでしょうし、そうであるならば周辺国が抱いている彼女に対するイメージや印象も変わることはないと思います。この様な彼女のスタンスとスタイルは、近しい集団との関係は良くなっていく反面、距離を置いている人達とは不要な軋轢を生んでしまって、関係は益々冷えていく事になってしまうのではないかと私は心配しています。そしてそれが、国内外での分断を加速化していく方向に日本を向かわせていくのではないかという懸念を私は捨てきれません。

 高市さんが政権を手にして、おおよそ一か月が経過しました。高市政権の支持率は概ね60%後半で、多くの国民から歓迎されているようですね。しかし案の定、彼女の政治スタイルに起因するゴタゴタが中国との間で勃発してしまいましたね。そうなる兆しは彼女が自民党総裁に決まった時から現れていたと私は思っています。高市さんが自民党総裁に就任して早々に、長年連立を組んでいた公明党が連立を離脱する事になりましたよね。表向きの理由は、政治と金の問題で折り合いがつかなかったという事でしたが、私は他の人物が総裁になっていたら公明党も聞く耳を持っていたと思っています。みなさんご存じの通り、公明党はリベラル寄りの政党で、右に傾きがちな自民党との連立でいいバランサーになっていました。公明党に代わって連立を組むことになった日本維新の会は、自民党と同じくらい、或いはそれ以上に保守的な政党で、結果として、大きく右に偏った政権が誕生することになってしまいましたね。そんな中での台湾有事における集団的自衛権行使の要件に対する国会答弁です。きんぴら様の国にしてみたら、ただでさえ右に偏った政権に対する警戒でセンシティブになっている時に、この発言が虎の尾を踏んでいまって、日中関係は目下氷点下まで冷え込んだ極寒の状態になってしまいましたね。

 周辺事態措置に関して彼女が発言した内容については、巷間伝えられている通り今までの政府の発言から一歩踏み込んだものでしたね。そもそも集団的自衛権行使のような安全保障に関わる、つまり我が国が戦争に巻き込まれるかどうかといったセンシティブな問題について、具体例を挙げながらいちいち明確にしてしまえば、その対象となる国は、今回はきんぴら様の国になりますが、その国はムカつきますよね。なのでこの手の話についての政府見解では、今までは極めて曖昧に答えられていました。そして曖昧にすることで、相手に手の内を見せず抑止力として働く事にもつながっていたと専門家も解説しています。今回それを白黒はっきりつけてしまった事で、「わしらはお前の国を敵認定しているんやで」と言ったも同然になってしまいましたね。きんぴら様にしたらそれは面白くないでしょうね。高市さんもそういった事は百も承知であったとは思います。しかし、彼女がこれまで積み上げてきた政治のスタイル、曖昧さを許さずに白黒はっきりつけたいという思いが勝ってしまい、つい口が滑ってしまったのでしょうね。高市さんの応援団の人達には、「よくぞ言ってくれました!わしらにはアメリカがついているから大丈夫や」「わしらなんにも間違ったことは言ってないんやで!台湾を侵略しようとしているきんぴらの国が悪いんや!」と煽り立てている人がいますよね。確かにきんぴら様の国は、国際法などお構いなしで、台湾、尖閣、南シナ海でやりたい放題の狼藉三昧です。今回もきんぴら様の手下達はここぞとばかりに、その辺の不良高校生でも口にしない様な暴言や、ロジックなどお構いなしの理不尽なステートメントを連日発信しています。しかし残念ながら、ちんぴら連中に因縁を吹っ掛けられる様な事をしたのは日本の方ですよね。こんな連中に、まともに相手をしていたら、何かの拍子で間違いがおこらないとも限りませんよね。勇ましい事をわめいているヒト達には、煽り立てているその先には戦争があるという事を真剣に考えて欲しいですよね。

 司馬遼太郎さんは、著書“花神”の中で、維新の元勲であった桂小五郎=木戸孝允を天秤と評しています。幕末の長州藩は、皆さんご存じの通りラディカルな藩で、討幕派と佐幕派が藩内で権力闘争を繰り広げていました。桂小五郎は、そのような中で佐幕派が権力を取って討幕派を弾圧しだしたら、天秤の重りをそっと動かす様に討幕派に手を貸す方向に藩内で立ち回り、逆の場合には佐幕派の手助けをする方に重りを動かすという働きをしていたと書かれています。その様に天秤として働く事で、しっちゃかめっちゃかだった長州藩が崩壊してしまうのを食い止めて、ついには維新を成し遂げるまでに至ったと評価しています。私は、高市総理誕生以前の自民党では、公明党がこの天秤の役割をしていたと考えています。そして他の天秤達もきちんと働いていたと思っています。極めて保守的であった安部政権には菅さんや二階さんが側を固めていて、きちんと天秤を働かせていました。岸田さんや石破さんは、そもそもリベラルでフラットな政権であったので、むしろ彼ら自身が天秤であったように感じています。しかし、現在の高市自民党を見回してみると、残念ながら天秤としてバランスを取ってくれる存在が見当たりませんね。

 現在の日本を取り巻く雰囲気を俯瞰していると、社会の右傾化が進んで、排他主義・排外主義を訴える人たちの声が大きくなってきている様な気がします。そして今日本に静かに浸透しつつあるナショナリズムの空気は、昭和初期の日本、戦争を迎える前の日本に似ている様に私は感じています。司馬さんは、この時代を鬼胎の時代と呼んで、ナショナリズムによる国民意識の高揚と国家の指導者達の暴走について警鐘を鳴らしていました。歴史家の磯田先生に「歴史は韻を踏む」という名言がありますよね。歴史は、全く同じではないが似たような事を繰り返しながら進んでいくといった意味であったと思います。奇しくも今回、私達の目前には、開戦前夜の鬼胎の時代に国民を教育する為に使われていた“教育勅語”を信奉しているリーダーが登場してきました。その事に私は奇妙な符合を感じてしまっています。そして高市政権の主要メンバーは、皆高市さんと思想や行動原理を同じくする人ばかりで、異なるベクトルから意見をしてくれる天秤が見当たりません。それはまるで、右に大きく傾いた天秤棒で高層ビルの間で綱渡りをしている軽業師みたいに思えて、我が国の行く末についてなんだか胸騒ぎがしています。

 日本にようやく誕生した女性総理に向かって就任早々こんな嫌事ばかり言っていたら、世間のみなさんからは、「バカヤロー!高市さんに向かって失礼な事をいうな!」と石を投げられるかもしれませんね。石を投げられるのは嫌なのですが、私も天秤でありたいと思っているので、世間の雰囲気には迎合せずに、フラットに物事を考えたいと思っているのです。「日本はもう昭和初期の時代とは違って近代国家だぞ。お前は考えすぎなんだよ!」とおっしゃる向きもあるかと思います。仰せご尤もです。私もそうあって欲しいと思っていますが、日本の周りは、きんぴら様を筆頭に、プの字の狂犬野郎や北のデブ将軍など、キ印を背中に貼り付けたとんでもない人物が治めている国ばかりです。私たちにそんな気がなくても、今回の様な言いがかりをいつ吹っ掛けられるとも限りませんよね。そんな中で、われらのサナエ姐さんが、ご自身の国家観やあるべき理想の世界と、打算が先走って道理が通じない厳しい現実との狭間で、どのように天秤を働かせていくのか、私には良いイメージが浮かんでこないのです。私ごときが初の女性総理に対してあれこれモノ申すのは烏滸がましいし、きっと「大きなお世話なんだよ!」と言われると思います。私は、頓珍漢で見当はずれな事を言っているのかもしれませんね。けれど「思考停止で流れに身を委ねているよりも、あれこれ考えて思い悩んでいる方が100倍マシだよね」とお決まりの台詞を心の中で、ひたすら念仏の様に唱えているのです。私は、今日もテレビから、隣国のご無体な行為が報じられているのを見ながら、「それにしてもみんな、イラついて怒ってばかりだとご飯がまずくなるよ」とつぶやいて、「今日の昼メシは近所のカレー屋にチキンカレーとナンを食べに行こう」と思い立って、いそいそと出かける準備をしていたのでした。

Lady Madonna:朝から晩まで働き詰めの宰相に…。

Lady MadonnaはThe Beatlesが1968年に発表した曲です。オリジナルアルバムには収録されずシングル盤のみのリリースであったのですが、この曲の評価は高く、後に通称青版と呼ばれるベストアルバムと、2000年に発表された1にも収録されています。この曲は、軽快でスキップしたくなる様なリズムで奏でられる、ホンキートンク‣スタイルのピアノから始まります。そして歌われている内容は、子育てに奮闘しているお母さんが、毎日朝から晩まで働き詰めで、休む間もなく毎日を過ごしている姿がコミカルに表現されています。そんな様子が、総理就任時に「働いて、働いて、働きます!」と宣言して、現在その通り、毎日寝る間も惜しんで政務に邁進している高市さんのお姿に重なりました。高市さんは、政界でも筋金入りの努力家で、勉強熱心で政策通であると知られています。そしてその結果、なんでも一人で出来てしまうので、信頼できる仲間を作るのが苦手であるという評価もされています。私は、高市さんがワークライフバランスなんてそっちのけで頑張っている事に対して尊敬の念を抱いていますが、一方で危うさも感じています。高市さんがいくら博学才穎で才気闊達なお人であっても、周囲を固めているのが同じ思考の人間やイエスマンばかりであったなら、軌道修正が必要な時にできないかもしれず、融通が利かずに突っ走ってしまうかもしれませんよね。高市さんには、彼女の政権運営に対して客観視してくれて、真逆の方向からアドバイスができる天秤の様な補佐役がいてくれたらと、私は切に願っているのです。この曲を作詞したポール‣マッカートニーは、伝線したストッキングを直す間もなく働いているお母さんに暖かな視線を向けて「See how they run」とやさしく語りかけています。元気よく走り回っている子供たちや、ストッキングが伝線してしまっている自分の事をよく見てごらんという事なのでしょうね。

このような駄文を最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

みなさんにとって明日が今日よりいい日になりますように。

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