曲がり角の先には… -We Built This City-

 

 「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり。娑羅雙樹の花の色、盛者必衰のことはりをあらはす。おごれる人も久しからず、只春の夜の夢のごとし…」。みなさんご存じ、平家物語の序文です。私は、現在世間を騒がせている自民党総裁選をめぐる騒動を目の当たりにして、栄華を極めて、手にした強大な力に驕り高ぶっている諸々にも、必ず没落の時は訪れるというこの有名なフレーズが頭に浮かんでしまったのです。頭の中で、つるっぱげの琵琶法師が、「お前ら、いい気になってやりたい放題やってやがると、そのうち痛い目にあうぞ -ベベン♪」と琵琶を爪弾きながら朗々と謡っています。

 7月に行われた参議院選挙は、世間に少なからぬ波紋を起こしていましたね。今回与党自民党は、選挙前に予想されていた通りの大敗を喫して、衆議院に続いて参議院まで過半数割れに追い込まれてしまいました。この敗北を受けて当然辞任すると思われた石破総理ですが、思いもよらず居座りを決め込んで、その為に巻き起こされた自民党の混乱は、ひと月を超えても収まることはありませんでしたね。進退窮まったゲル大佐がようやく辞任を発表したのは、9月も一週間が過ぎてからでした。マスメディアもその騒ぎに乗っかって、連日サル山のボス猿争いがBreaking Newsとして取り上げられて、「やれ辞任はいつになる?」、「総裁選に手を挙げるのは誰だ?」と、側聞と憶測にまみれたバカ騒ぎを連日報じていましたよね。とてつもなくクソ暑い今年の夏なのに、「こんな醜い内ゲバを連日見せられたら、益々暑苦しくなってしまって大迷惑だよ!」と思っていたのは私だけではないと思います。

 なかなか腹を切ろうとしなかったゲル大佐は、往生際が悪い事この上ないのですが、責任を取って早く辞めろと突き上げていた議員の人達も不細工で情けない姿を晒していましたよね。石破さんは、曲がりなりにも彼ら自身が選んだリーダーです。にも関わらず、身内であるはずの連中が罷免運動にせっせと励んでいる姿を見ていて、彼らの品性下劣さに私は情けない気持ちになってしまいましたね。彼らの言い分は、「勝負に負けたリーダーは、責任を取って辞任するべきだ」という一見ごもっともな理屈に聞こえます。しかしそれは潔い行動に見えて、その実今まで行ってきた事を放り投げてしまう無責任な行動という見方もできますよね。石破さんは、「現在取り組んでいる重要な問題に総理として全力をつくして、その問題に目途がついたら責任を取る」という発言をしていて、それはそれで至極もっともな事だと私は思っていました。歴史を振り返っても、源頼朝は、石橋山で平家側の大庭景親に手酷く負けています。徳川家康も、三方ヶ原で武田信玄に完膚なきまでに叩きのめされました。しかし、彼らの家臣団は、結束を崩すことなく捲土重来を成し遂げて、鎌倉幕府そして徳川幕府という強い政権を作り上げました。本来強い組織、チームというものは、こういったものだと思います。先の選挙の敗北については、石破さんの責任というより自民党そのものへの不信感が大きな要因ですよね。それは、大手マスコミの世論調査からも確かめられています。しかし、自分たちはどう在るべきなのかという議論は横に置いておいて、自分たちが選んだリーダーなのにその首を差し出して、自分たちの責任についてはウヤムヤにしている彼らの姿勢には、呆れ果ててしまって吐き気を催してしまいますよね。

 一方で石破さんについても、その政権はなかなかのポンコツでしたね。元々ゲル大佐は、国民の人気はあるのですが、自民党内部では不人気この上ない人物でした。今回総理になれたのも、セクシー・シンジロー氏の自爆による棚ボタで転がり込んできたチャンスをモノにしたからでしたよね。就任後は、石破さんの人望の無さと、無力な官邸の姿が目立ってしまって、自分がやりたいことも党からの反対で出来ないといった、初志貫徹が出来ない頼りない政権というイメージが定着してしまっていましたよね。国会運営に関しても、少数与党であるために、野党との折り合いと妥協を強いられて、折衡に腐心していましたね。そんな中で、通常国会を乗り切って予算を成立させたのだからよくやったという声も聞こえています。しかしながら私としては、中途半端で先延ばしにしている情けない姿の印象の方が強いですね。総裁の後任を決めるためには1か月以上の時間を要することになっています。その間に生じる政治的な空白は、国内外に対して良い影響を及ぼさない事は自明の理だと思います。野党からは、「一刻も早く国会を開いて補正予算の審議をしろ」という声があがっていましたが、至極ごもっともな要求だと思いますね。物価高騰については喫緊の課題なので、特にガソリン暫定税率の廃止については、今すぐにでも成立に向けて詰めの審議をして欲しかったですよね。国外に目を向けても、結局死に体の政権ではロクな外交など望むべくもないですよね。国連総会での石破さんの演説は、格調高く素晴らしい、世界に日本の姿勢をアピールできる内容でした。しかし、「辞任が決まっているゾンビ‣リーダーの講演なんて聞いても意味ないよ」とばかりに会場はガラガラで、聴講者はごく僅かという有様でしたね。残念ながら、石破さんが訴えた「分断よりも連帯」「対立よりも寛容を」という重要なメッセージ、そして「日本はこれからも国際社会とともに歩んでいく」という決意表明は、世界のリーダー達には全く伝わりませんでしたね。

 自民党の“センセイ御一行様方”にとっては、政治的空白なんぞはお構いなしの様で、結局、自民党の新しい顔を選ぶ総裁選は、10月3日投開票のスケジュールで実施されることになりました。私の頭の中では、つるっぱげの法師様が「お前ら内輪の跡目争いをする前に、やらんとあかんことがあるやろう-ベベン♪」と琵琶をかき鳴らしています。次期総裁には、お馴染みの顔ぶれが名乗りを上げて、みなさんそれぞれのカラーで公約を語っていまよね。私は、小難しい話を聞いた瞬間に眠気が催してくるという困った体質なので、総裁候補の皆さんが語っている話を聞いても、あくびが出るばかりで、何がなんだかさっぱりわかりません。みなさんの話は、何だか同じような内容で、小難しそうな言葉が並んでいますが、すべてにおいて曖昧な表現に抑えられていて、ぼんやりとしています。「それはあんたの頭が悪いせいじゃ。まちっと勉強してからモノを言いんさい」という声が聞こえてきます。仰せご尤もで、「勉強不足ですんません」と頭を下げるしかありません。しかし、候補者が語る政策は、様々な項目が羅列されていますが、それを具体的にどうやって実現するのか、その結果がどうなるのかという具体像は曖昧にされています。元々公約というのはこういったもので、総論ありきで、細部については提示する時間や機会がないのかもしれません。或いは、各候補ともSNSに力を入れているので、ご自身のYouTubeなどで、既に詳しく説明されているのかもしれません。いずれにしても、候補者の皆さんには、ご自身の政策の具体像をわかりやすく、ノータリンの私でも分かるように語ってほしいものですね。

今回総裁選に手を挙げている面々のバックグラウンドはなかなかバラエティーに富んでいて面白いですね。元派閥のボスで、重職を歴任してきたベテラン議員から、官僚出身で理論家の若手のホープまで、多彩な人物がずらりとそろった感がありますね。みなさんも、「総裁はあの人がいいなあ」、或いは、「あの人だけは総裁になって欲しくないなあ」という候補者がいると思います。実は私にも、「あの人だけは御免被ります」という人達がいます。私は5人の候補のうち、石破さんが総裁になった時に党の要職への就任を断った面々は、総理になって欲しくないという思いを持っているのです。私は、トップリーダーから仕事を、それもかなり重要な仕事を頼まれて、それをにべもなく断る様な人物は次のリーダーになるべきではないと思っています。その人達が、何故断ったのかは定かではありませんが、少なくとも能力不足という事ではないと思います。もし「そんな役職じゃあ私には役不足だよ」などと思っているのなら、思い上がりも甚だしいと思いますね。私の価値観では、「あんたがトップの時には、わたしゃ、なーんもやりまっしぇん」などと言っている不誠実で横柄な人間が、ライバルが辞めた途端に「次はわしの番じゃけんね」なんてちゃっかりと手を挙げるという行為は、甚だしく不誠実で無作法な行動という事になっていて、「お前は引っ込んでやがれ!あつかましいんじゃ!」と思っているのです。

 日本は現在、少子化が進んで、社会の活力が失われつつあると私は感じています。他国と比べたら経済的には恵まれていて豊かな国であるはずなのに、何とも言い表す事が出来ない閉塞感が社会を覆い包んでいる様に感じるのです。だからこそ、新しい総裁は、誠実で実行力がある人になって欲しいですね。そして、私の個人的な希望なのですが、これからの日本をどうするのかという事を熱く語ってくれる人が新しいリーダーになって欲しいですね。候補のみなさんも、力強く成長する日本、Japan is back等々、日本を豊かな国にするという事を語ってくれています。それはそれで大変結構な事なのですが、何だかみなさん、揃もそろって陳腐で平凡な内容ですね。これからの日本を大胆に変えるという夢を語ってくれている人は、残念ながらこの中にはいらっしゃらないですね。という訳で、私は今回の自民党総裁選に関しては興味はありますが、誰が選ばれるかという事についてはあまり関心がないのです。誰が総裁、そして総理になったとしても、何も変わらないだろうとたかをくくっているのです。こんな私がびっくり仰天するような、人心を新たにするような大法螺を語ってくれる人が、誰か現れてくれませんかね。例えば、首都移転という問題提起はどうでしょうか。賛否両論入り乱れて、結構なハレーションが起きるテーマだと思いますが、もし実現したら間違いなく世の中の雰囲気は変わると思いますね。東京は、大変な磁力を持った街で、日本中から人間を引き寄せています。日本が少子高齢化による人口減少に苦しんでいる中で、唯一人口が伸び続けている大都会ですよね。しかし、東京への一極集中は、不動産価格の高騰に代表される様に、沢山の弊害がもたらされていますよね。私は、東京が都市の機能の全てを持っている必要はないと考えています。アメリカの首都は、みなさんご存じワシントンDCです。この街には、政府機関や中央官庁に加えて様々なシンク‣タンクも居を構えていて、まさに政治の街になっていますよね。日本も、ワシントンDCに倣って政治に特化した街を作ったらいいのにとかねてから私は夢想していました。秀吉が大阪を造って家康が江戸=東京を造った様に、何もなかった所に新しい都市を創るという事を考えたら、なんだかワクワクしませんか。もしそんな大きなプロジェクトが実現したら、日本を覆っている閉塞感を吹っ飛ばしてくれると思いますね。

 私は、かねてから首都の福島移転という大法螺を妄想していて、この駄文でもその事を書いたことがあります。そこには、政治に特化した新しい都市を作るという目的に加えて、福島の復興に寄与して欲しいという思いがあるのです。メルトダウンを起こして壊滅的な被害をこの地にもたらした福島第一原子力発電所は、首都東京に電力を供給していました。なので、福島の人達が現在もその後始末で苦しんでいるのは、不条理で理不尽な事で、決して他人事で済ませてはならないですよね。その贖罪の意味でも首都福島移転は意味があると思っているのです。現在帰宅困難地域になっている浪江町や双葉町近郊に国会や中央省庁を持ってくる事になったら、なかなか進まない除染や汚染残土の問題も、解決に向けて加速していくのではないかという期待をしているのです。そしてその結果、福島浜通りの人達(それは、ある日突然に故郷を捨てることを余儀なくされた人達です)に向けて、夢や希望を持ってもらうことが出来るのではないかと思っているのです。何よりも、福島はとても良いところですよね。豊かな自然に恵まれていて、おいしい食べ物がたくさんあります。しかし現実に戻ると、悲観的になってしまいますね。もし今回の候補者の面々がこんな大風呂敷を広げたら、老若男女、右側左側、あらゆる方面に生息している正義病の人達から、重箱の隅をつつくような揚げ足取りと強烈な批判が集中して、寄ってたかって叩き潰されてしまうのは明らかですよね。かくして今回の総裁選では、大量得点は狙わずに、いかにリスクを減らして減点を少なくまとめるかという安全運転に終始したクソ面白くない選挙戦の後で、無難にまとまった人畜無害な総裁が誕生するのでしょうね。

 今回の総裁選では、自民党の信頼回復という点も大きなテーマになっています。解党的出直しなんて事を言っている人もいますよね。しかし、既に自民党は、国民政党などと名乗って単独で多くの民意を集めることが出来る政党ではなくなってしまったと私は思っています。自民党がこれまで行ってきた日本の統治のあり方そのものに、国民がNoを突き付けているのだと思っているのです。「こいつらに任せていても、ワクワクするような未来はやってこないんじゃないか」と多くの国民に思われてしまった結果が、先だって行われた二つの選挙の大敗だと感じているのです。これは私の個人的な感覚なのですが、無難に70点の良でまとめるのであれば自民党の政権でも構わないけれど、国民のマインドを大きく変える力は、この政党は持っていないという気がしています。「何をバカな事を言ってやがる!」、「ワクワクする未来とは一体なんなんだ!」、「政治はギャンブルじゃねえぞ!」といった罵声が聞こえてきます。仰せご尤もです。私たちは、民主党政権への政権交代で痛い目をみましたよね。国家の統治と運営は、何といっても安定感が重要で、私たちの安全と安心をきちんと守ってくれるという信頼感が肝要だと私も思っています。しかし、それだけでは味気ないですよね。安全運転に終始していたら、大きな進歩や発展は期待できそうにないし、そんな日本では、これから緩やかな衰退の道を歩んでいく様な気がします。

 今回の自民党総裁選を見ていると、新しいリーダーを選択するイベントというよりも、むしろ醜い権力闘争の姿が目立ってしまいます。総裁選に名乗りを上げている人達は、それぞれ高い見識を持った立派な人物だと思うのですが、石破おろしを声高に訴えていた議員達、そして各候補に乗っかって応援しているセンセイ方からは、政治をどう動かしていくのか、私たちをどのような未来に向かって導いてくれるのか、そんな気概や決意を感じることが出来ませんね。この連中からは、国会議員の立場を維持してくれる大きな集票マシーンによりかかって、それを維持する事で自分の立場を守っていきたいという卑しくて姑息な、腐った性根しかうかがうことが出来ません。こうした姿は、有権者=無党派層の自民党離れを加速すると思いますね。「驕れるものも久しからずなんやでぇーベベン-」と、頭の中でツルッ禿げのおじいさんが唸っています。複数政党による国家のマネジメントは、それは物事を決定するプロセスの複雑化を意味しています。そしてそれは、憲法改正や税制改正など、意見集約が困難な問題の解決への道筋が遠くなる事につながっていきますよね。私は、TVのリモコンでザッピングしながら、どのチャンネルでも総裁選の同じ様なニュースが流れているのにうんざりとしてしまって、「首都移転なんて夢のまた夢だよね」と独り言を呟いた後で、BSの韓国ドラマにチャンネルを合わせて、フレンチクルーラーをほおばってしまったのでした。

We Built This City:強大な集団の力の衰え。秋の夜の夢も風の前の塵の様に…。

We Built This Cityは、Starshipが1985年にリリースしたアルバム“Knee Deep In The Hoopla”に収録された曲です。この曲は、亡き小倉智昭さんが長年MCを務められたワイドショーのオープニング曲だったので、みなさんも耳にした事があると思います。親しみやすく爽やかなメロディーで、発売後すぐにビルボード全米No.1を獲得、グラミー賞にもノミネートされた大変なヒット曲なのですが、実はこの曲のLyricは商業主義を皮肉ったシニカルは内容で、曲を聴いただけの印象とはずいぶん異なっている様ですね。しかし、「僕たちはこの街を造っているんだ」というオープニングのフレーズはインパクトがあり過ぎて、この曲からはポジティブなイメージ、自分達が創り出す音楽で、まったく新しい街、まっさらな場所を造り出すんだという気分が高揚する、やる気全開の波動が伝わってきます。おりしもトヨタが裾野市に造ったウーブン‣シティーがオープンしたというニュースが報じられました。こんなワクワクする革新的な実験都市はトヨタという世界に冠たる大企業だからこそ造ることが出来たのでしょうね。この街は、規制でがんじがらめになっていて自動運転の開発が一向に進まない日本の政治・行政に対する、トヨタによるアンチテーゼですよね。「お前らにやる気がないんだったら、ほんならワシがやったろうやないかい」とばかりに富士山麓に広がる私有地に、自動運転や快適な住空間を創り出すスマートシティの実験都市を造ってしまいました。「さすがTOYOTA。やることが違うよ」、と言うのは簡単なのですが、本来は、国がリーダーシップをとって進めていかなければならないアジェンダですよね。私は今、日本は歴史の重大な転換点を目の前にしている様に感じています。曲がり角の先にどのような未来が開けているのか、政治がどのように変わっていくのか、今回の自民党総裁選は、その重要な道標になる様な気がしています。自民党員でも何でもない、私ごとき小市民が、あれこれ考えて、気に病んでいても仕方がないのですが、「思考停止で何も考えないでいるよりも、あれやこれやと考えながら未来に目を向けて暮らしている方が100倍マシだよね」、と毎度おなじみの台詞を念仏の様に唱えながら、「今晩のお風呂上りにはオリオンビールを飲もうかな」と、ぼんやりと考えているのでした。

このような駄文を最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

みなさんにとって明日が今日よりいい日になりますように。

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