誰も知らない箱舟の行先 -Sailing-

 みなさん、残暑お見舞いを申し上げます。とは言え、残暑という一言で済ませてしまうには余りにも暑い日が続いて、心の底からうんざりとしてしまう今日この頃ですよね。TVでは、気象予報士の爽やかなお兄さん・お姉さんが、眉間にしわを寄せながら、ちっとも爽やかではない表情で猛暑を連日連呼していて、暑苦しさに拍車をかけています。今年は、あろうことか、摂氏40度超えという信じられない様な気温が結構な頻度で報じられていますよね。私が大好きな城崎温泉は、約42度の湯温で比較的熱いお湯として知られています。あまりいい例えではありませんが、兵庫県の丹波市や群馬県の伊瀬崎市の人達は、外出した途端に城崎温泉のお湯に放り込まれている様な気分を味わされてしまったのですね(実際にはヘアードライヤーの熱風を全身に浴びている様な感覚だそうです)。コウノトリが傷を癒したという伝説を持つ城崎温泉のお湯であれば、神経痛や関節痛、そしてあらゆる外傷に良い効能があるのですが、猛暑の空気は只ひたすら暑苦しいだけで、健康にもすこぶる悪いですよね。悪いどころか、連日熱中症で病院に担ぎ込まれる人や、中にはお亡くなりになられている方も報じられていて心が痛みます。

 みなさんご承知の通り、昨年、そして一昨年の夏も、かつてないという枕詞とともに、史上最悪の猛暑が報じられていました。ちなみに昨年夏の平均気温は、観測史上最高と報じられて、日本中で35度以上の猛暑日が珍しくなくなってしまいましたね。中でも福岡県太宰府市は、連続猛暑日が40日、通算猛暑日も62日間という、全くありがたくない日本記録を打ち立ててしまいました。まったくもって、年間で2か月が35度以上だなんて、大宰府に住んでいなくてよかったと心から思うのですが、なんのなんの、私の住んでいる街も、昨年の夏はほとんど毎日30度以上の真夏日で、おまけに月の半分は35度超えの猛暑日だったので、日本中似たようなものですよね。そして今年7月の気温も、昨年夏の記録をさらに更新して歴代1位となってしまい、かつてないという枕詞が昨年に引き続いて今年も使用される事が決定してしまいましたね。

 夏がこんなに暑くなった原因は何故かというと、“太平洋高気圧”と“チベット高気圧”というコンビが犯人である様です。どうやらこの2人組は、馬場・鶴田の師弟タッグやザ・ファンクスの兄弟タッグ、そしてブッチャー・シークの最凶タッグに優るとも劣らぬ最強タッグを結成してしまったようですね。お天気お兄さんの解説によると、今年は、太平洋高気圧の列島上空への張り出しが途轍もなく早かった事に加えて、偏西風の北上にともなって梅雨前線が大陸側に追いやられた為に、チベット高気圧が南下してきて、列島上空がダブル高気圧によって包まれているのだそうです。その為、梅雨入りは例年よりも遅く、入梅後も降雨が少なく高温が続いて、梅雨明けは例年より半月以上早いという異常な状況だったのだそうです。「なんでそんな事になってるんや?」と耳の中で“なんでや人間”の声が聞こえたので調べてみると、それは赤道北西部や東南アジアから日本周辺にかけての海水温が異常に高いことが原因なのだそうです。“なんでや人間”が納得しないので、もう少し詳細について調べました。海水温が高くなると、水面から蒸発する水蒸気が多くなり、その結果積乱雲がたくさんできる事になります。積乱雲が発生する過程では、水蒸気が水になる際に熱を発生するので大気は暖められる事になります。その結果、太平洋高気圧に加えて大陸の上空にいるチベット高気圧も元気になってしまって、南に張り出してきて日本上空を覆ってしまったのだそうです。そしてそんな元気いっぱいの高気圧は、偏西風を北側に押し出してしまったのだそうです。何だか“風が吹けば桶屋が儲かる”の例えの様でよくわからないのですが、要は、海水温の異常が高気圧つまり大気の流れに影響を与えた結果が、このような猛暑をもたらしたという事なのですね。

 “なんでや人間”の眷族としてはもうすこし深堀したいところなので、海水温の異常についても調べてみました。「海水温の上昇は、地球温暖化が原因である」と言われています。しかしそれ程単純な話ではなくて、様々な事象が複雑に絡み合って起きている様ですね。研究者の方々によると、様々な事象の中でも、黒潮の大蛇行が大きな要因であると言われています。黒潮は皆さんご存じの通り、日本の南岸を流れている暖流で、日本に豊かな海の恵みをもたらしてくれているとても重要な海流ですよね。黒潮は、通常日本の南岸に沿って流れていますが、定期的に紀伊半島の潮岬沖から東海沖にかけて大きく南側に離岸して流れるルートを取ることが知られていて、この現象が黒潮の大蛇行と呼ばれています。観測が始まって以来、黒潮大蛇行は6回起きていますが、以前はおおよそ2年程度で収束していました。ところが現在起きている大蛇行は2017年8月に観測されてから8年目を迎えているという異常事態になっています。そして今回の長期にわたる黒潮大蛇行は、通常房総半島沖で東に向かって日本から離れていく黒潮の流れがそのまま北上してしまう、黒潮続流の北偏という現象を引き起こしています。その為、本来三陸沖を流れている寒流である親潮が流れてくることが出来ず、東北地方や北海道沿岸にかけても海水温が異常に高くなっているそうです。その為に、近年、好漁場である三陸沖や日本海で獲れる魚の種類が変わってしまってしまい、本来水温が低い海域を好んでいるサンマや鮭が深刻な不漁になってしまっています。そもそも黒潮は、東向きに吹く貿易風と西向きに吹く偏西風が亜熱帯地域でぶつかって海の表層でできた流れとそれに派生してできる渦が、地球の自転によって強められて発生するといわれています。そして現在、偏西風の流れが弱くなっている為に、その渦の力が弱くなった為に黒潮大蛇行が発生していると考察されています。つまり皮肉な事に「風が吹かなきゃ桶屋は大損」という事態に陥ってしまっているのですね。

 「偏西風の流れが弱くなったのはなんでや?」と頭の中で“なんでや虫”がしつこく騒いでいます。偏西風は、北極と中緯度域の気温差によって発生した大気の流れが、地球の自転による力(コリオリの力と呼ぶそうです)が加わって強められた大きな大気の流れです。現在は、地球温暖化の影響で北極の気温が上昇していて、中緯度域との気温差が小さくなっている為に偏西風の流れが弱くなっているのだそうです。つまり、遠く離れた北極で起きている異常が、地球を循環している大気と海流の大きな流れに影響を及ぼした結果、東の果ての日本で暮らしている私達は毎日猛暑に苦しめられているという訳なのですね。

 このような異常気象は、日本だけの問題ではない事は皆さんご承知の通りです。国連のグテーレス事務総長は2023年の7月に、「温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」と発表して、世界の危機を訴えました。昨年(2024年)は、世界の平均気温が過去最高を記録して、地球沸騰化という言い回しが決して大げさではないのを知らしめる事になりましたね。そしてその値は産業革命前の値を1.6°上回っていて、パリ協定で定められた目標値を超えてしまっています。本年サイエンス(世界で最も権威がある学術雑誌です)に、世界中の氷河総量の40%が現在消失の危機にあるというデータが発表されました。ヨーロッパアルプスのメール‣ド‣グラス氷河もすっかり溶けてしまって、只の岩の谷間になってしまったそうです。シベリアの永久凍土も融解が進んでいて、凍土に閉じ込められていたメタンガスやCO₂が放出されて温暖化に拍車がかかるという悪循環に陥っています。国連総長が沸騰化と呼ぶほどの異常気象は、世界各地で干ばつや極端な乾燥におる大規模な火災、そしてゲリラ豪雨による洪水や巨大ハリケーンといった重大な災害を引き起こして、甚大な被害を及ぼしています。

 現在私たちの周囲を取り巻いている危機は、昨日今日始った事ではなく、この様な未来は以前から予見されていましたよね。CO₂による温室効果については、今から100年以上前の19世紀後半には様々な研究者から報告されていました。その後、1967年には、米国海洋大気庁(NSAA)の真鍋叔郎先生によって、大気と海洋の循環モデルを用いたCO₂濃度と地球の気温の関係についての研究が発表されています。ちなみに真鍋先生のこの研究は、現在の気候変動研究に多大な貢献をしたという評価を受けていて、2023年のノーベル物理学賞を受賞しています。1988年には、人間活動に起因する気候変動に関する科学的知見を深める目的で、国連にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が設立されました。IPCCは第6次評価報告書で、それまでに積み上げられた莫大な量のデータと数多くの知見から、「人間活動が、大気、海洋、陸域を温暖化させてきた事に疑う余地はない」と断定しています。その後はみなさんもご承知の通り、1997年に気候変動に対する京都議定書、2015年にパリ協定が批准されて、世界の平均気温の上昇について、産業革命以前から1.5度以内に維持するという目標が世界中で共有されました。しかし、こうして(各国温度差はありますが)全世界でカーボン‣ニュートラルに向けて取り組んでいる時に、トランプ大統領は、パリ協定からアメリカが離脱するという大統領令にサインをしてしまいました。離脱の理由を聞いて私は、怒りとともに情けなくなってしまって倒れそうになってしまいましたね。トランプジジイの言い分は、パリ協定の取り決めがアメリカにとって不利‣不公平な内容で、温暖化対策を行うと、アメリカの企業や労働者の利益が損なわれるからなのだそうです。アメリカは、工業化の恩恵を最も受けていた国の一つで、世界で2番目に多くのCO₂を排出している国でもあります。にも拘らず、「わしゃ知らんけんね。みなさん、せいぜい気張っておくんなまし」といった態度を取られると、怒髪天を衝くどころか、なんだか身体中の力が抜けてしまって疲れてしまいますよね。本当にこの自己中ジジイは自国の事しか考えていない、どうしょうもない糞転がし人間で、こんな性根が腐った阿呆が、アメリカの大統領だなんて、本当に世も末ですよね。アメリカは、途上国の環境や温暖化対策の為に多額の援助拠出金を負担しています。加えて、アメリカ大気海洋庁やハワイのマウナロア観測所などの温暖化研究機関に対しても多額の予算が計上されています。トランプ野郎は、そのようなアメリカが提供している多額の資金についても、大幅な削減、あるいは引き上げをするとぬかしてやがります。こんな恥知らずな事を言っているのはアメリカ政府だけで、アメリカ各州や企業レベルでは引き続きパリ協定に協力していく旨表明しているのが多少の救いにはなりますが、それにしても、本来カーボン‣ニュートラルに向かって世界を引っ張っていく立場であるアメリカ政府の離脱が世界に与える深刻な影響は、多くの国々から懸念されています。

 なんだかこんな事を考えていたら、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いではありませんが、今年の猛暑も全部老害トランプのせいに思えてきて、この因業ジジイのことがますます嫌いになってしまいました。しかし実のところ、現在の温暖化を起こしている温室効果ガスの増加は、蒸気機関発明後の工業化のメリットを享受してきた私達全員の責任ですよね。私達は、何も考えずに便利な暮らしを送りながら、地球という大きな船で、時間という川の流れに身を任せてのほほんと暮らしてきました。しかし実のところ、その先には破滅の滝が迫っていたのですね。そして今私達は、滝が迫っているのがはっきり見えているのに、不都合な未来については見て見ぬふりをしながら、自分の事ばかりを考えてやりたい放題に振舞っています。こんな事を考えていると、人間という種は、自分自身も含めてつくづく愚かな存在だと思い知らされて、情けない気持ちになってしまいますね。

 気象庁の3か月予報では、9月から10月・11月初旬にかけても残暑が続いて、まだまだ暑い日々を送らなければならない様です。昨年も、残暑がだらだらと続いて、大好きな秋をほんの少ししか楽しむ事ができませんでした。日本の魅力は、美しい四季に彩られた多様な文化を有しているところにあるという事に異論をはさむ人はいませんよね。しかし近年、日本の気候から春と秋がなくなってしまった様に感じているのは、私だけではないと思います。春のご馳走である桜鯛のお造りに筍の木の芽和え、タラの芽の天ぷらに菜の花のおひたしも、「若葉が芽吹いて風が薫る、気持ちいい季節になりましたね」といった時候の挨拶なしにクソ暑い中で箸をとっても、ちっとも気分は盛り上がりませんよね。秋の味覚を彩っているサンマの塩焼きに栗ご飯、柿のなますに松茸の土瓶蒸しも、「毎日残暑でたまりまへんなあ。この暑さはいつまで続くんでっしゃろか」なんて話しながら口にしても、なんだか味気なくて興ざめをしてしまいますよね。こうした季節感の喪失は、日本人としてのアイデンティティーが何処かに行ってしまう様な気持ちになってしまいますよね。そしてそれは、私達が積み上げてきた、季節の変化から日常の所作を細やかに気遣う“七十二候”といった繊細な感性を失ってしまう事につながるのではないかという危惧を持ってしまいます。その様な感性の消失で、茶道や華道に代表される、相手を思いやる心や細やかな心配りがなくなってしまうのではないかと、(大きなお世話かもしれませんが)心配をしているのです。そんなことを考えながら私は、「この暑さは、まだまだ当分続いていきそうです」とTVで申し訳なさそうに言っている気象予報士のお姉さんを横目に見て、「なんでこんな事になってしまったんだろうねえ」とため息をついて、「今日の昼飯は、近所の街中華で、よく冷えた冷やし中華にたっぷりの洋辛子とマヨネーズをかけて食べるぞ」と決意してしまったのでした。

Sailing:荒れ狂う大海原を航海している箱舟の行きつく先は、楽園なのか、それとも破滅の滝の奈落の底なのだろうか…。

Sailingは、Rod Stewartが1975年に発表したアルバム、Atlantic Crossingに収録されている曲です。この曲は、親しみやすいメロディーと平易で格調高い歌詞から、中学校の音楽で取り上げられているので、みなさんも聞いたことがあると思います。この曲のLyricからは、新たな旅立を迎える際の決意や希望が感じられます。しかしながら、この曲を作詞したキャビン・サザーランドによれば、生涯を通して、自由と神の成就へ至る、人類の精神的な放浪の歌であるそうで、一種のクリスチャンソングであると発言されています。私にとってこの歌は、自分自身を海原に漕ぎ出していく船や大空を飛んでいる鳥に例えながら、日々生きていくうえで、乗り越えなければならない困難や立ち止まる決断に対して向き合う時に、一歩目を踏み出す勇気を持もてる様に自分自身を奮い立たせている、そんな存在で、「よし、やったるぞ!」と自分を鼓舞してくれる曲になっています。サッカーの浦和レッズサポーターも、この曲をアレンジして応援歌として使っている様ですね。この曲を聴きながら、今も悪くなっていく一方の気候変動に対して「なんとかせんとあかんぜよ」と焦ってしまうのですが、自分自身に何ができるのかという事をつらつら考えてみると、私の単細胞の脳みそでは能力不足で、中身が溶けて味噌汁になってしまいそうです。溶けかけた脳みそから絞り出されてきたのは、「無駄な電気は使わない」だとか、「可能な限り公共交通機関を利用する」などの、当たり前の小さな事を当たり前にやるという、誰にでも思いつく事です。それでも、そんな小さな行いでも人類全員が意識して行動すれば、きっと物事は変わってくるんだという事を信じたいですね。地球温暖化とカーボンニュー・トラルという大変に難しい人類共通の課題に対して、私ごときのミドリムシよりも小さい存在が「ア~だ、コーだ」と騒いでみても、何の助けにもなりませんが、それでも、「何も考えず思考停止でいるよりも、あれこれと考えながら思い悩んでいるほうが100倍マシだよね」と毎度おなじみのセリフを言いながら、「近所の街中華で冷やし中華を食べる前に、少しでも節電に協力するために、今日の午前中は図書館で雑誌でも読んで過ごそうかな」といそいそと出かける準備をしているのでした。

このような駄文を最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

みなさんにとって明日が今日よりいい日になりますように

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